【椎本 11】薫、弁としみじみ語る

ひきとどめなどすべきほどにもあらねば、飽かずあはれにおぼゆ。老人《おいびと》ぞ、こよなき御かはりに出で来て、昔今をかき集め、悲しき御物語ども聞こゆる。あり難くあさましき事どもをも見たる人なりければ、かうあやしく衰へたる人とも思し棄てられず、いとなつかしう語らひたまふ。「いはけなかりしほどに、故院に後《おく》れたてまつりて、いみじう悲しきものは世なりけり、と思ひ知りにしかば、人となりゆく齢《よはひ》にそへて、官位《さかさくらゐ》、世の中のにほひも何ともおぼえずなん。ただかう静やかなる御住まひなどの心にかなひたまへりしを、かくはかなく見なしたてまつりなしつるに、いよいよいみじく、かりそめの世の思ひ知らるる心ももよほされにたれど、心苦しうてとまりたまへる御事どもの、絆《ほだし》など聞こえむはかけかけしきやうなれど、ながらへても、かの御|言《こと》あやまたず、聞こえ承らまほしさになん。さるは、おぼえなき御|古物語《ふるものがたり》聞きしより、いとど世の中に跡とめむともおぼえずなりにたりや」と、うち泣きつつのたまへば、この人はましていみじく泣きて、えも聞こえやらず。御けはひなどのただそれかとおぼえたまふに、年ごろうち忘れたりつるいにしへの御事をさへとり重ねて、聞こえやらむ方もなくおぼほれゐたり。

この人は、かの大納言の御|乳母子《めのとご》にて、父はこの姫君たちの母北の方の母方の叔父、左中弁にて亡せにけるが子なりけり。年ごろ遠き国にあくがれ、母君も亡せたまひて後、かの殿にはうとくなり、この宮には尋ね取りてあらせたまふなりけり。人もいとやむごとなからず、宮仕馴れにたれど、心地なからぬものに宮も思して、姫君たちの御後見だつ人になしたまへるなりけり。昔の御事は、年ごろかく朝夕に見たてまつり馴れ、心隔つる隈《くま》なく思ひきこゆる君たちにも、一言うち出できこゆるついでなく、忍びこめたりけれど、中納言の君は、古人《ふるびと》の問はず語り、みな、例のことなれば、おしなべてあはあはしうなどは言ひひろげずとも、いと恥づかしげなめる御心どもには聞きおきたまへらむかし、と推しはからるるが、ねたくもいとほしくもおぼゆるにぞ、またもて離れてはやまじ、と思ひよらるるつまにもなりぬべき。

今は旅寝もすずろなる心地して、帰りたまふにも、「これや限りの」などのたまひしを、などか、さしもやはとうち頼みて、また見たてまつらずなりにけむ、秋やはかはれる、あまたの日数も隔てぬほどに、おはしにけむ方も知らず、あへなきわざなりや。ことに例の人めいたる御しつらひなく、いと事そぎたまふめりしかど、いとものきよげにかき払ひ、あたりをかしくもてないたまへりし御住まひも、大徳《だいとこ》たち出で入り、こなたかなたひき隔てつつ、御|念誦《ねんず》の具どもなどぞ変らぬさまなれど、仏は、みなかの寺に移したてまつりてむとす、と聞こゆるを、聞きたまふにも、かかるさまの人影などさへ絶えはてんほど、とまりて思ひたまはむ心地どもを酌《く》みきこえたまふも、いと胸いたう思しつづけらる。「いたく暮れはべりぬ」と申せば、ながめさして立ちたまふに、雁《かり》鳴きて渡る。

秋霧のはれぬ雲ゐにいとどしくこの世をかりと言ひ知らすらむ

兵部卿宮に対面《たいめん》したまふ時は、まづこの君たちの御事をあつかひぐさにしたまふ。今はさりとも心やすきを、と思して、宮はねむごろに聞こえたまひけり。はかなき御返りも聞こえにくくつつましき方に、女方《をむながた》は思《おぼ》いたり。「世にいといたうすきたまへる御名のひろごりて、好ましく艶に思さるべかめるも、かういと埋《うづ》もれたる葎《むぐら》の下よりさし出でたらむ手つきも、いかにうひうひしく、古めきたらむ」など思ひ屈《く》したまへり。

現代語訳

中納言(薫)は、大君をお引きとどめなどできるような折でもないので、たまらなく悲しいお気持ちになられる。老人(弁)が、ありがたくも大君の御かわりとして出てきて、昔のこと今のことをとり集めて、多くの悲しいお話を申し上げる。過去の滅多にない呆れた出来事(柏木と女三の宮の密通)などをも見ている人なので、中納言(薫)は、こんなみすぼらしく衰えた人だといっても見捨てることもできず、とても優しくお語らいになる。(薫)「私は幼い頃に、故院(源氏)に先立たれまして、この世はひどく悲しいものと思い知りましたので、年齢を重ねて人並みとなっていくにしたがって、官位も世の中のきらびやかなことも、何とも思わなくなりました。ただ宮(八の宮)こちらの静かな御住まいなどを気に入っておられましたのに、こうしてお亡くなりになられたのを拝見しますにつけ、ますますひどく、かりそめの、はかない世の中であることを実感させられる心も催されておりますが、おいたわしくも生きながらえていらっしゃる御姉妹のことを、自分を俗世にひきとどめる仏道のさまたげ、などと申し上げることは色めいているようですが、このまま出家せずに俗世にあり続けてでも、あの八の宮のご遺言からはずれることなく、ご相談相手になりたいのです。とはいえ、思いがけない昔のお話を聞いてからというもの、いよいよ世の中に跡をとどめようとも思わなくなってしまいました」と、泣きながらおっしゃると、この人(弁)は中納言以上にひどく泣いて、お返事もおできにならない。中納言の御気配などを、まったくその人(柏木)かとお思いになるにつけ、長年忘れていた昔の御事までも今の悲しみに重なって、申し上げようもなく涙に暮れていた。

この人(弁)は、かの大納言(柏木)の御乳母子で、父はこの姫君たちの母である北の方の母方の叔父で、左中弁としてお亡くなりになられた方の子なのである。長年遠い国をさまよって、姫君たちの母君もお亡くなりになられてから、あの御邸(致仕の大臣邸)とは疎遠となり、こちらの御邸(八の宮邸)で引き取って住まわせていらっしゃったのである。気性もそう高貴なふうではなく、女房としての宮仕えに馴れているが、物の道理をそこそこわきまえていると宮(八の宮)もお思いになられて、姫君たちの御世話役のようにさせていらしたのであった。昔の御事(柏木と女三の宮の密通)については、長年こうして朝な夕なにお世話し馴れて、心隔てもなく存じ上げている姫君たちにも、一言も打ち明け申し上げる機会はなく、秘密にしていたが、中納言の君(薫)は、「年寄りが聞かれてもいないのに喋るのは、みな、ふつうのことであるので、いったいに軽々しく言いふらしなどはしないとしても、あの気後れがちな姫君たちはご存知なのではあるまいか」と推量される。そのことが恨めしくも気の毒にも思えるので、また姫君たちを他人のままで終わらせてはならないと、姫君にお近づきになるための糸口とも、弁は、なりそうである。

八の宮がいらっしゃらない今となってはここに旅寝することも何となく気がすすまない感じがして、お帰りになられるにつけても、八の宮が「これが最後の…」などおっしゃったのに、どうして、そんなことがと、またお会いできることを頼みにして、そのまま二度とお会いできなくなってしまったのだろう。この秋は以前の秋と変わってしまったとでもいうのだろうか、それほど多くの日数も隔てないうちに、八の宮がいらっしゃるところも知らないまま、あっけなくお亡くなりになられたことであるよ。べつだん世間の人のように立派な御調度などはなく、ひどく簡素にしていらしたようだが、たいそうさっぱりと片付けて、周囲を風情あるふうに調えていらした御住まい(八の宮邸)も、僧侶たちが出入りして、あちらこちらを仕切っては、御念誦の道具類なども変わらぬさまであるが、「仏像は、みなあちらの寺(宇治の山寺)にお移し申し上げようか」と高僧たちが申し上げるのをお聞きになるにつけても、、中納言(薫)は、こうした僧侶たちのような人影までも絶えはててしまった後、姫君たちが残されて塞ぎ込んでいらっしゃるお気持ちをご想像申し上げられると、ひどく胸が痛くお思いつづけられる。(供人)「すっかり日が暮れてしまいました」と申せば、物思いを中断してご出発なさるが、その時、雁が鳴きながら飛んでいく。

(薫)秋霧の……

(秋の霧も晴れない雲間に、雁が、いよいよこの世をかりそめのものだと、晴れない私の心に伝えているのだろう)

兵部卿宮(匂宮)にご対面なさる時は、真っ先にこの姫君たちの御ことを話題になさる。宮(匂宮)は、「今は何と言っても気兼ねはいらないのだから」とお思いになられて、熱心にお手紙を差し上げられる。姫君たちは、ちょっとした御返事も申し上げにくく遠慮される方だと、思っていらっしゃる。(大君)「宮さま(匂宮)は、世間ではたいそう色好みであると御評判が広がっていらっしゃるが、私たち姉妹のことを、好ましく色めいた相手と思っておいでのようでいらっしゃるが、こうしてすっかり土に埋もれた葎が土の下から差し出すような私たちの手紙も、宮さま(匂宮)にしてみれば、どんなにか物慣れしておらず、古めかしく思われるでしょう」などと思って尻込みしていらっしゃる。

語句

■こよなき 「こよなし」はよりにもよって、大君にかわって困ったことに、といった諧謔をこめる。 ■昔今をかき集め 「昔」は柏木と女三の宮の密通事件のこと。 ■かうあやしく衰へたる人 弁は柏木の乳母子。不幸な結婚をして西海にさまよい、父左中弁の縁をたよって宇治にたどりついた(【橋姫 12】【同 17】)。 ■世の中のにほひ 世間的な栄光。 ■かりそめの世  現世をかりそめの世と見る考え。「世間虚仮(こけ)、唯仏是真」(上宮聖徳法王帝説)。 ■心苦しうてとまりたまへる御事ども 大君・中の君姉妹のこと。 ■絆 姫君たちのために出家しないとまで言うのはまるで姫君たちを所有しているようで薫としては発言がはばかられる。 ■かけかけしき 「かけかけし」は色めいている。好色だ。 ■ながらへても 在俗のまま生き続けたとしても。 ■かの御言 薫が八の宮から姫君の後見を託されたこと(【椎本 04】)。 ■聞こえ承らまほしさ 「聞こえ承る」は薫からお話申し上げ、また姫君のお話をうかがう。お互いに話し相手になること。 ■御古物語 柏木と女三の宮の密通に関する話。実の父に関する話だから「御」をつけるか。 ■世の中に跡とめむともおぼえず 出家して父柏木の罪障を晴らそうと。 ■いにしへの御事 柏木が亡くなった時の悲しみ。 ■御乳母子 弁の母は柏木の乳母だった。 ■母方の叔父 弁は宇治の姫君の母君と従姉妹同士になる。 ■左中弁 父が左中弁なのでこの女房を「弁」とよぶらしい。 ■年ごろ遠き国にあくがれ →【橋姫 17】。 ■宮仕馴れにたれど 弁は血筋のわりには女房仕えが身について高貴な雰囲気がない。 ■心地なからぬ 「心地よい」というほどではないが物の道理をわきまえている。 ■御後見だつ人 正式な後見人というわけではないがそれに準ずる程度の人。 ■一言うち出できこゆるついでなく 『源氏物語』に登場する女房・僧侶は例外なく口が軽いので一切信用できないと思うが…。 ■古人の問はず語り 老人は問わず語りをしがち(【椎本 05】)。 ■もて離れてはやまじ 弁は薫の出生について知っているのでそれを口外させないためにも弁を手元に置いておきたい。 ■つま 糸口。 ■今は旅寝もすずろ 八の宮が亡くなった今、八の宮邸に泊まるのは姫君たちだけの邸に泊まることになるので気が引ける。 ■これや限りの 「かかる対面もこのたびや限りならむと…」(【椎本 04】)。 ■さしもやは まさか八の宮の言葉どおり二度と会えなくなるとは思わなかった。 ■秋やはかはれる 八の宮と最後に話をしたのも、八の宮が亡くなったのも同じ秋のうちなのに、そこに深い断絶を感じるのである。 ■ことに例の人めいたる 八の宮邸は親王の邸宅らしくきらびやかにせず簡素であった(【椎本 02】)。 ■こなたかなた 姫君たちのいる東面と八の宮の住んでいた西面。 ■御念誦の具 八の宮が生前用いたもの。 ■ながめさして 八の宮に死について、姫君たちの将来について、世の無常について感慨にふけっていた薫が、供の者の言葉で我に帰る。 ■秋霧の… 「かり」は「雁」と「仮の宿」の「仮」をかける。 ■さし出でたらむ手 姫君たちが宮に差し出す手紙のこと。

朗読・解説:左大臣光永