【若菜下 24】紫の上、発病 二条院に移す 源氏、熱心に看病

対《たい》には、例のおはしまさぬ夜は、宵居《よひゐ》したまひて、人々に物語など読ませて聞きたまふ。「かく、世のたとひに言ひ集めたる昔語《むかしがたり》どもにも、あだなる男、色好み、二心《ふたごころ》ある人にかかづらひたる女、かやうなることを言ひ集めたるにも、つひによる方ありてこそあめれ、あやしく浮きても過ぐしつるありさまかな、げに、のたまひつるやうに、人よりことなる宿世《すくせ》もありける身ながら、人の忍びがたく飽《あ》かぬことにするもの思ひ離れぬ身にてややみなむとすらん。あぢきなくもあるかな」など、思ひつづけて、夜|更《ふ》けて大殿籠《おほとのごも》りぬる暁方《あかつきがた》より御胸を悩みたまふ。人々見たてまつりあつかひて、「御|消息《せうそこ》聞こえさせむ」と聞こゆるを、「いと便《びん》ないこと」と制したまひて、たへがたきをおさへて明かしたまうつ。御身もぬるみて、御心地もいとあしけれど、院もとみに渡りたまはぬほど、かくなむとも聞こえず。

女御の御方より御消息あるに、「かくなやましくてなむ」と聞こえたまへるに、驚きてそなたより聞こえたまへるに、胸つぶれて急ぎ渡りたまへるに、いと苦しげにておはす。「いかなる御心地ぞ」とて探りたてまつりたまへば、いと熱くおはすれば、昨日《きのふ》聞こえたまひし御つつしみの筋《すぢ》など思しあはせたまひて、いと恐ろしく思さる。御|粥《かゆ》などこなたにまゐらせたれど御覧じも入れず、日一日《ひひとひ》添ひおはして、よろづに見たてまつり嘆きたまふ。はかなき御くだものをだに、いとものうくしたまひて、起き上がりたまふこと絶えて、日ころ経《へ》ぬ。いかならむと思し騒ぎて、御|祈禱《いのり》ども数知らずはじめさせたまふ。僧召して、御|加持《かぢ》などせさせたまふ。そこ所《どころ》ともなくいみじく苦しくしたまひて、胸は時々おこりつつわづらひたまふさま、たへがたく苦しげなり。さまざまの御つつしみ限りなけれど、験《しるし》も見えず。重しと見れど、おのづからおこたるけぢめあるは頼もしきを、いみじく心細く悲し、と見たてまつりたまふに、他事《ことごと》思されねば、御賀の響きもしづまりぬ。かの院よりも、かくわづらひたまふよし聞こしめして、御とぶらひいとねむごろに、たびたび聞こえたまふ。

同じさまにて、二月も過ぎぬ。言ふ限りなく思し嘆きて、試みに所を変へたまはむとて、二条院に渡したてまつりたまひつ。院の内ゆすり満ちて、思ひ嘆く人多かり。冷泉院も聞こしめし嘆く。この人|亡《う》せたまはば、院もかならず世を背く御|本意《ほい》遂げたまひてむと、大将の君なども、心を尽くして見たてまつりあつかひたまふ。御修法《みずほふ》などは、おほかたのをばさるものにて、とり分きて仕うまつらせたまふ。いささかもの思し分く隙《ひま》には、「聞こゆることを、さも心うく」とのみ恨みきこえたまへど、限りありて別れはてたまはむよりも、目の前にわが心とやつし棄てたまはむ御ありさまを見ては、さらに片時たふまじくのみ、惜しく悲しかるべければ、「昔より、みづからぞかかる本意深きを、とまりてさうざうしく思されん心苦しさにひかれつつ過ぐすを、さかさまにうち棄てたまはむとや思す」とのみ、惜しみきこえたまふに、げにいと頼みがたげに弱りつつ、限りのさまに見えたまふをりをり多かるを、いかさまにせむ、と思しまどひつつ、宮の御方にも、あからさまに渡りたまはず。御|琴《こと》どもすさまじくて、みな引き籠《こ》められ、院の内の人々は、みなある限り二条院に集《つど》ひ参りて、この院には、火を消《け》ちたるやうにて、ただ、女どちおはして、人ひとりの御けはひなりけり、と見ゆ。

女御の君も渡りたまひて、もろともに見たてまつりあつかひたまふ。「ただにもおはしまさで、物《もの》の怪《け》などいと恐ろしきを、早く参りたまひね」と、苦しき御心地にも聞こえたまふ。若宮のいとうつくしうておはしますを見たてまつりたまひても、いみじく泣きたまひて、「大人びたまはむを、え見たてまつらずなりなむこと。忘れたまひなむかし」とのたまへば、女御、せきあへず悲しと思したり。「ゆゆしく。かくな思しそ。さりとも、けしうはものしたまはじ。心によりなむ、人はともかくもある。おきて広き器《うつは》ものには、幸ひもそれに従ひ、狭《せば》き心ある人は、さるべきにて、高き身となりても、ゆたかにゆるべる方は後《おく》れ、急《きふ》なる人は久しく常ならず、心ぬるくなだらかなる人は、長きためしなむ多かりける」など、仏神《ほとけかみ》にもこの御心ばせのありがたく罪|軽《かろ》きさまを申しあきらめさせたまふ。

御修法《みずほふ》の阿闍梨《あざり》たち、夜居《よゐ》などにても、近くさぶらふ限りのやむごとなき僧などは、いとかく思しまどへる御けはひを聞くに、いといみじく心苦しければ、心を起こして祈りきこゆ。すこしよろしきさまに見えたまふ時、五六日うちまぜつつ、また重《おも》りわづらひたまふこと、いつとなくて月日を経《へ》たまふは、なほ、いかにおはすべきにか、よかるまじき御心地にや、と思し嘆く。御|物《もの》の怪《け》など言ひて出で来るもなし。悩みたまふさま、そこはかと見えず、ただ日にそへて弱りたまふさまにのみ見ゆれば、いともいとも悲しくいみじく思すに、御心の暇《いとま》もなげなり。

現代語訳

対(紫の上)は、例によって院(源氏)がいらっしゃらない夜は、夜更かしなさって、女房たちに物語など読ませてお聞きになる。「こうして、世のたとえとして言い集めた数々の昔物語にも、浮気性の男、色好み、ニ心ある人に関わった女といった、こういう話を言い集めているが、どの場合でも、最終的には落ち着く瀬があることのようだ。それなのに私は、不思議と不安定なままで過ごしていることよ。実際、殿(源氏)がおっしゃるように、人と違っている運命でもあったわが身なのが、他の人が忍び難く、満ち足りることのないもの思いがつきまとう身のまま、人生を終わってしまうのだろうか。情けないことであるよ」など、思いつづけて、夜が更けてお休みになられた明け方から、御胸をお患いになる。女房たちが看病し世話をし申し上げて、「殿(源氏)に御消息を申し上げましょう」と申し上げるのを、(紫の上)「まったく、それには及びません」とお止めになられて、耐え難いほど辛いのを抑えて、夜をお明かしになられた。御体も発熱して、ご気分もひどく悪いけれど、院(源氏)もすぐにはおいでにならない時であったので、「このようなご容態で」とも、ご連絡申し上げようがない。

女御の御方(明石の女御)からご連絡があったので、「上(紫の上)が、このように病の床についていらっしゃいます」と申し上げなさるので、女御は驚いて、そちら(明石の女御方)から院(源氏)にご連絡さしあげなさると、院(源氏)は気が動転して、急いでお帰りになられる。すると上(紫の上)は、ひどく苦しげにしていらっしゃる。(源氏)「どんなご気分ですか」といってお体をお探り申されると、ひどくお熱くていらっしゃるので、院(源氏)は、昨日申し上げなさった厄年の御謹慎のことなどをお思い合わせになられて、ひどく恐ろしくお思いになる。御粥などこちらで差し上げたが、院(源氏)は見向きもなさらず、一日中つきっきりでご看病なさって、あらゆるお世話をなさってお嘆きになられる。上(紫の上)は、ちょっとした御菓子を召し上がるのでさえ、ひどく辛そうになさって、まったく起き上がりになられず、何日も過ぎた。どうしたことかと思い騷いで、さまざまのご祈祷を数も知らず始めさせなさる。僧を召して、御加持などをおさせになる。はっきりどこが悪いともつかみがたく、ひどく苦しんでいらして、胸は時々発作をくりかえして、お患いになっていらっしゃる。その有様は、耐えがたく苦しげに見える。さまざまの御謹慎を際限もなくなさったが、その効果も見えない。たとえ病が重いと見えても、おのずと快方に向かうきざしがあればまだ希望が持てるのだが、今回はそういうことでもないので、院(源氏)は、ひどく心細く悲しいことと御覧になって、他の事はまったくお考えにならないので、朱雀院の御賀のさわぎも静まってしまった。その朱雀院からも、上(紫の上)がこうして患っていらっしゃることをお聞きあそばして、御見舞いを、とても丁重に、たびたび申し上げられる。

同じ容態のまま、二月も過ぎた。院(源氏)は、言い尽くせないほどお嘆きになられて、ためしに場所をお変えになられたらと、二条院に、上(紫の上)をお移し申し上げなさる。六条院の内は動揺が満ちて、思い嘆く人が多いのである。冷泉院もお耳になさってお嘆きあそばす。この人(紫の上)がお亡くなりになられたら、院(源氏)も必ずご出家しようという前々からのご希望をお遂げになるだろうと、大将の君(夕霧)なども、心を尽くして拝見しご看病申し上げなさる。御修法などは、一般的なものはもちろんとして、大将(夕霧)自身も、とくにお命じになっておさせになる。病の合間にすこし意識がはっきりなさっている時には、(紫の上)「お願い申し上げていたことを、殿(源氏)が御許可なさらないことが残念です」とだけお恨み申し上げなさるが、院(源氏)は、命の限りがあって上(紫の上)と死別なさることよりも、目の前に、上ご自身の意思で尼姿におやつれになるご様子を見ては、まったく片時も耐えることができそうになく、惜しく、悲しい気持ちになるにちがいないので、(源氏)「昔から、私のほうこそこうした出家の望みが深かったのですが、貴女が後に残されて寂しくお思いになることを気の毒に思って、出家を先延ばしにしつつ過ごしてきましたのに、貴女は逆に私をお見捨てになられるというのですか」とだけ、出家をお惜しみ申し上げなさるが、なるほど、とても御命が助かる見込みがなさそうに日に日に弱っていっては、御命も尽きようかというふうにお見えになる折々も多いので、院(源氏)は、「どうしたものか」と思い悩んいらっしゃるので、宮(女三の宮)の御方にも、めったにおいでにならない。数々の御琴にも興ざめして、みな片付けておしまいになり、六条院の内の人々は、みなこぞって二条院に参り集まって、ここ六条院は、火を消したようになり、ただ、女の方々房だけがお残りになって、上(紫の上)ひとりのお華やかさで、この六条院は持っていたのだなと、思われる。

女御の君(明石の女御)も二条院においでになり、院(源氏)と一緒に看病なさる。(紫の上)「身重でいらっしゃって、物の怪などもひどく恐ろしいのですから、早く帝のもとにお戻りください」と、苦しいご気分ながらお申し上げになられる。上(紫の上)は、若宮がたいそう可愛らしくていらっしゃるのを拝見なさるにつけても、ひどくお泣きになられて、(紫の上)「ご成長なさるのを、拝見できなくなりますこと。きっと私のことも忘れておしまいになるでしょうね」とおっしゃると、女御は、涙をとどめることができず悲しいお気持ちでいらっしゃる。(源氏)「縁起でもないことを。そのようにお考えになられますな。いくらなんでも、そうお悪くもございますまい。気持ちの持ちようで、人はどうにでもなるものです。心がまえを広く持っている人には、幸いもそれに従って多くになり、狭い料簡の人には少なくなって、たとえ高い身分となっても、ゆたかにゆったりと余裕を持つことが乏しいもの。また早急な人はその地位が長く安定することがなく、心が落ち着いてゆったりしている人は、長生きするという例が世間に多いのですから」などとおしゃって、仏や神にも、この御方(紫の上)の御気性が、めったになく素晴らしく、罪の軽いようすを詳しく書いてお祈りになられる。

御修法の阿闍梨たちや夜居の僧などでも、院(源氏)のおそば近くにお仕えする高僧などは、院(源氏)がこのようにひどくお気を病んでいらっしゃるご様子を聞くにつけ、まことにひどく心苦しかったので、思い立って祈り申し上げる。すこしご病状がよくなったかのようにお見えになる日が五六日があると、また重くお患いになられるというご病状で、いつまでとも期限がわからないで月日をお過ごしになっていらっしゃるのは、やはり、「どういうことにおなりなのであろうか。ご回復しえないご病状なのだろうか」と、院(源氏)は、思い嘆きになられる。御物の怪などといって出てくるものもない。お患いになっていらっしゃるさまは、はっきり原因もわからず、ただ日が重なるにつれてお弱りになる一方であるように見受けられるので、院(源氏)は、まことにまことに悲しく辛いこととお思いにならるにつけ、御心の休まる暇もなさそうである。

語句

■例のおはしまさぬ夜 源氏は女三の宮の降嫁以来、紫の上のもとから足が遠のいている。 ■色好み 多感で風流を愛する男。肯定的な意味合いが強い。 ■ニ心ある人 二人の女性を同時に愛する男。 ■つひによる方ありてこそあめれ 「大幣と名にこそ立てれ流れてもつひに寄る瀬はありてふものを」(古今・恋四/伊勢物語第四十七段 業平)を引くか。 ■浮きても 前の引歌からの縁で「浮きて」という。 ■げに 前の源氏の紫の上に対する言葉「人にすぐれたりける宿世とは思し知るや」(【若菜下 22】)を引く。 ■人よりことなる宿世もありける身ながら 類まれな幸運にめぐまれながら同時に大きな悲しみも背負うことになったという発想。前の源氏の台詞「みづからは…人にはまさりけりかし」(【若菜上 22】)にも通じる。 ■御胸を悩みたまふ 六条御息所の悪霊のしわざと見る。直前に御息所の話が久々に出てきたのも伏線だろう。 ■いと便ないこと 源氏を女三の宮のもとから呼び戻すことを避けた。 ■御身もぬるみて 『河海抄』は引歌として「人しれぬわが思ふ人に逢はぬ夜は身さへぬるみて思ほゆるかな」(小町集)を挙げる。 ■御つつしみの筋 前に源氏は紫の上が重厄なので謹慎することを勧めた(【若菜下 22】)。 ■加持 真言密教で行う祈祷。 ■そこ所ともなく はっきりここが悪い、と把握しずらいこと。 ■重しと見れど 重体でも回復のきざしが見えれば希望が持てる。だが今回の紫の上の病状は重くないかわりに回復のきざしも見えない。 ■おこたる 病気が快方に向かうこと。 ■御賀の響き 二月に予定されていた朱雀院五十の賀。人々はその準備に忙しくしていた(【若菜下 12】)。 ■二月も過ぎぬ 女三の宮主催の朱雀院五十の賀が予定されていたが、無期限延期となった。 ■二条院に渡したてまつりたまひつ 紫の上は「わが御わたくしの殿と思す二条院」(【若菜上 21】)と言っていた。 ■心を尽くして 夕霧は紫の上に密かな憧れを抱いていてる。献身的な看病にはその感情もからんでいよう。 ■いささか思し分く暇 発作がおさまり、意識がはっきしている時。 ■聞こゆること 紫の上は出家をしたいと源氏に訴えたが退けられた(【若菜下 08】【同 22】)。 ■限りありて別れはてたまはむ 死別をいう。 ■みづからぞかかる本意深きを… 前の源氏の台詞「みづから深き本意ある事なれど…」(【若菜下 08】)と重なる。 ■げにいと頼みがたげに… 前の源氏の心語「限りありて別れはてたまはむよりも…」と重なる。 ■いかさむませむ 紫の上が出家せずに死んだ場合、極楽往生が難しくなる。そして紫の上死後の自分もどうしていいかわからないという困惑。 ■あからさま ちょっと。かりに。ほんのしばらく。 ■この院 六条院。過日の女楽の華やかさとは打って変わって寂しくなる。 ■人ひとりの御けはひ これまで六条院が華やかだったのは紫の上一人のおかげであると改めて人々は気付かされる。 ■女御の君 明石の女御は紫の上に養育された。女御にとって紫の上は実の母にも等しい。とはいえ女御からの見舞いを受けるのは紫の上がいかに尊重されているかのあらわれでもある。 ■ただにもおはしまさで 明石の女御は懐妊中。物の怪につけこまれることを警戒すべき時期。 ■若宮 明石の女御腹の御子だが、東宮ではない。紫の上が養育している女一の宮(【若菜下 11】)のことか、もしくはニの宮のことか。 ■え見えたてまつらずなりなむこと 紫の上は若宮たちの養育をすることに慰めを見出してきた(【同上】)。だから若宮たちが成人するのを見ずに逝ってしまうことは、とてもつらい。 ■おきて広き器もの 心構えを広く持った人のこと。 ■常ならず 時に高い地位官位にのぼってもそれが安定することがない。 ■夜居 僧が加持祈祷のために夜、寝所近くで宿直していること。 ■御けはひ 源氏が直接僧たちに心情を語るわけではないが、僧たちは源氏の雰囲気から察した。 ■すこしよろしきさまに見えたまふ時 小康状態が五、六日続くとまた悪くなるという病状。 ■御物の怪など言ひて出で来るもなし この陰湿で執念ぶかく禍々しい存在感は、まさに六条御息所のそれ。 ■そこはかと見えず 前も「そこ所ともなく」とあった。正体がわからないだけに不気味。

朗読・解説:左大臣光永