【匂宮 09】夕霧、六の君を若者たちに差し向けようと画策

「宮のおはしまさむ世のかぎりは、朝夕に御目|離《か》れず御覧ぜられ、見えたてまつらんをだに」と思ひのたまへば、右大臣も、あまたものしたまふ御むすめたちを、一人《ひとり》一人は、と心ざしたまひながら、え言《こと》出でたまはず。さすがにゆかしげなき仲らひなるを、とは思ひなせど、この君たちをおきて、ほかにはなずらひなるべき人を求め出づべき世かは、と思しわづらふ。やむごとなきよりも、典侍腹《ないしのすけばら》の六の君とか、いとすぐれてをかしげに、心ばへなども足《た》らひて生《お》ひ出でたまふを、世のおぼえのおとしめざまなるべきしもかくあたらしきを心苦しう思して、一条宮の、さるあつかひぐさ持《も》たまへらでさうざうしきに、迎へとりて奉りたまへり。「わざとはなくて、この人々に見せそめてば、かならず心とどめたまひてん、人のありさまをも知る人は、ことにこそあるべけれ」など思して、いといつくしくはもてなしたまはず、いまめかしくをかしきやうにもの好みせさせて、人の心つけんたより多くつくりなしたまふ。

現代語訳

(薫)「母宮がご存命の間は、朝夕に御目離れずお目通りし、拝見することをせめてもの孝行にしよう」と思いまたそうおっしゃるので、右大臣(夕霧)も、多くいらっしゃる御むすめたちを、一人は中将(薫)に、一人は三の宮(匂宮)にというお持ちでいらしたが、言葉に出しておっしゃることはおできにならない。いくら出来た若者たちといっても、やはり身近すぎて婿としては気がすすまなくもあるとはお考えになってみるものの、かといって今の世この君たち以外につりあっている人を求めだすことができるだろうか、と思い悩んでいらっしゃる。御正妻(雲居雁)腹の姫君たちよりも、典侍腹の六の君とかいう姫君が、まことにすぐれて美しく、器量なども十分に生まれついていらっしゃる。しかし生まれが悪いために世間からの信望が低いらしいことが、この姫君には勿体ないことを、右大臣(夕霧)は心苦しくお思いになる。それで、一条宮(落葉の宮)が、そのように世話をする子もいらっしゃらなくて物足りなくしていらっしゃるので、そこへ引き取ってさしあげられた。「ことさらというふうではなく、それとなくこの人々(薫と匂宮)に見せはじめたら、必ず心惹かれなさるだろう。女の器量の良し悪しを知る人は、すぐに六の君のよさをわかってくれよう」などとお思いになって、それほど六の君を過保護にはなさらず、とても華やかに風情あるように音楽の技を好ませたりおさせになって、人が気に入りそうなところを多く取り入れてお住まいをお整えになる。

語句

■あまたものしたまふ 夕霧の娘は六人いる(【夕霧 36】)。 ■え言出でたまはず 匂宮は冷泉院の女一の宮に惹かれているし、薫は母宮への孝行に熱心で結婚する気がない。だから夕霧は二人に結婚について言い出せない。 ■さすがにゆかしげなき 夕霧にとって薫も匂宮も肉親同然で婿としての新鮮味がない。 ■やむごとなき 正妻の雲居雁腹の姫君たち。 ■典侍 藤典侍。惟光の娘。夕霧の愛人。 ■六の君 →【匂宮 02】。 ■世のおぼえのおとしめざま 母方の血筋が悪いため。 ■一条の宮 落葉の宮(【匂宮 03】)。 ■さるあつかいぐさ 落葉の宮の身分が高いため夕霧は六の君を落葉の宮の養女とすることで格を高めようとする。源氏が明石の姫君(中宮)を紫の上の養女とすることで格を高めたのと同じ(【松風 12】)。 ■迎へとりて 源氏が玉鬘を六条院に迎えとって婚約者たちを釣ったのと同じ手法(【玉鬘 14】)。 ■この人々に 匂宮や薫に。 ■ことにこそあるべけれ 六の君のよさがわかるだろうの意。 ■いつくしくはもてなしたまはず 過保護にせず君たちが近づきやすくした。 ■もの好み 音楽や詩歌を愛好させた。 ■人の心つけんたより 人の・心つけん・たより。

朗読・解説:左大臣光永