古事記(四)黄泉の国

こんにちは。左大臣光永です。

本日は、西陣の路地を足の向くままに散歩してきました。西陣は織物の町といっても、大通り沿いには、それらしい工場は、ぜんぜん見られないです。昔はどうだったか知らんですが、今はまったくありませんね。

しかし、細い路地の奥に入っていくと、ガッシャン、ガッシャン、ガッシャン…機織り機のまわる音が響いていました。ああ…ここは西陣なのだと、実感がこみ上げました。

さて本日は『古事記』の四回目。
「黄泉の国」です。

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前回は、国生み・神生みの話でした。

イザナミから日本列島のもととなる島々が生まれ、ついで神々が生まれてきた。しかし最後に生まれてきた火の神・カグツチによってイザナミは陰部を焼かれその傷がもとで亡くなってしまった。残された夫・イザナキは、嘆き悲しみ、怒ってわが子カグツチの首をはねる。その時、飛び散った血からも神々が生まれ、カグツチの死体からも神々が生まれた…というのが前回の話でした。

今回も有名なくだりです。

イザナキが妻イザナミと会うために黄泉の国に訪ねていきます。

では書き下し文から
↓↓↓↓

是《ここ》に、其の妹《いも》伊耶那美命《いざなみのみこと》を相見《あいみ》むと欲《おも》ひて、黄泉国《よもつくに》に追ひ往《ゆ》きき。爾《しか》くして、殿《との》より戸を縢《と》ぢて出で向へし時に、伊耶那岐命《いざなきのみこと》の語りて詔《のりたま》ひしく、

「愛《うつくし》しき我《あ》がなに妹《も》の命《みこと》。吾《あれ》と汝《なむぢ》と作れる国、未だ作り竟《おわ》らず。故《かれ》、還《かえ》るべし」

爾《しか》くして、伊耶那美命《いざなみのみこと》の答へて白《もー》さく、

「悔しきかも、速く来《こ》ねば、吾《あれ》は黄泉戸喫《よもつへぐい》を為《し》つ。然《しか》れども、愛《うるは》しき我《あ》がなせの命《みこと》の入り来坐《きま》せる事、恐《かしこ》きが故に、還らむと欲《おも》ふ。且《しまら》く黄泉神《よもつかみ》と相論《あいあげつら》はむ。我《あれ》を視ること莫《なか》れ」

と、如此白《かくもー》して、其《そ》の殿《との》の内に還り入る間、甚久《いとひさ》しくして、待つこと難し。

ここに、イザナキは、その妻イザナミに会いたいと思って、黄泉国《よもつくに》に追っていった。そうして、イザナミノミコトが御殿から戸を閉じたまま出迎えた時に、イザナキノミコトの語っておっしゃることに、

「愛しい私の妻である命《みこと》よ、私とお前と作れる国は、いまだ作り終えていないのだ。だから、帰ってきておくれ」

それに対して、イザナミノミコトが答えて

「ああ残念なことです。あなたが早く来てくれなかったので、私は黄泉の国のかまどで炊いたものを食べてしまいました(…もう私は黄泉の国の者です)。しかし、いとしい私の夫である命(みこと)がこの国においでになるのは、畏れ多いことですから、帰ろうと思います。ちょっと黄泉国の神と相談してきます。(その間)私を見てはなりませんよ」

とこのように言って、イザナミがその御殿の奥に帰っていって、ずいぶん時間が経ったので、イザナキは待っていられなくなった。

続きです。
待ちきれなく成ったイザナキが火をともして黄泉国の御殿の中に入っていく場面です。
↓↓↓↓

故《かれ》、左の御みづらに刺せし湯津々間櫛《ゆつつまくし》の男柱《おばしら》を一箇《いっこ》取り闕きて、一つの火を燭して入り見る時、うじたかれころろきて、頭には大雷《おおいかづち》居り、胸には火雷《ひいかづち》居り、腹には黒雷《くろいかづち》居り、陰《ほと》には析雷《さくいかづち》居り、左手には若雷居り、右手には土雷居り、左足には鳴雷《なるいかづち》居り、右足には伏雷《ふせいかづち》居り、あわせて八くさの雷神、成り居りき。

是《ここ》に、伊耶那岐命《いざなきのみこと》、見て畏れて逃げて還る時、其《そ》の妹《いも》伊耶那美命《いざなみのみこと》の言はく、

「吾《あれ》に辱《はぢ》を見しめつ」

即ち予母都志許売《よもつしこめ》を遣りて、追はしめき。

そこで左のみづらに刺した間櫛《ゆつつまくし》…神聖な櫛の太い柱を一本折り取って、それに一つ火を灯して入って見た時に、ウジがたかってコロコロと転がり、頭には大きな雷がおり、胸には火の雷がおり、腹には黒い雷がおり、陰部には裂く雷がおり、左手には若い雷がおり、右の手には土の雷がおり、左の足には鳴る雷がおり、右の足には伏す雷がおり、あわせて八種類の雷の神が、成っていた。

そこで、イザナキノミコトがその姿を見て恐れて逃げ帰る時、その妻イザナミノミコトが言うことに

「私に恥をかかせたわね」

すぐに黄泉国(よもつくに)の醜女(しこめ)を遣わして、イザナキを追わせた。

これにて夫婦決裂です。以後、追いかけっこです。
↓↓↓↓

爾くして、伊耶那岐命《いざなきのみこと》、黒き御縵《みかづら》を取て投棄てつ。乃《すなわ》ち蒲子(えびかづらのみ)生《な》りき。是を摭《ひり》ひて食ふ間、逃げ行く。猶追ふ。亦《また》、其《そ》の右の御みづらに刺しし湯津津間の櫛を引き闕きて投げて棄つ。

乃《すなわ》ち笋《たかみなな》生《な》りき。是を抜きて食ふ間、逃げ行く。且《また》後には、其《そ》の八くさの雷神に、千五百《ちいほ》の黄泉軍《よもついくさ》を副《そ》へて、追はしめき。爾《しか》くして、御佩《みはか》せる十拳の剣《つるぎ》を抜きて、後手《しりへで》にふきつつ、逃げ来つ。

猶追ふ。黄泉比良坂《よもつひらさか》の坂本《さかもと》に到りし時、其《そ》の坂本に在る桃子《もものみ》三箇《みつ》を取て待ち撃てば、悉く坂を返りき。爾《しかく》して、伊邪那岐命《いざなぎのみこと》、桃子《もものみ》に告ぐ。

「汝、吾《あれ》を助けしが如く、葦原中国《あしはらのなかつくに》に所有《あらゆ》る、うつしき青人草《あおひとくさ》の、苦しき瀬に落ちて患ひ惚《なや》む時は、助くべし」

と告《の》らし、名を賜《たま》ひて、意富加牟豆美命《おほかむづみのみこと》と号《なづ》く。

そこで、イザナキノミコトは、黒いツル草を取って投げ捨てた。するとたちまち、山ぶどうの実がなった。黄泉つ醜女…黄泉の国の化物たちがこれを拾って食べている間に、イザナキは逃げていった。

なおも黄泉つ醜女たちは追ってきた。

また、イザナキは右のみづらに刺した神聖な櫛を引き折って投げ棄てると、たちまちタケノコが生えてきた。黄泉つ醜女たちがこれを引き抜いて食べている間に、イザナキは逃げていった。

また、後には、その八種類の雷神に、黄泉の国の軍勢をそえてイザナキを追わせた。

そこでイザナキは、腰に佩いた十拳(とつか)の剣を抜いて、後ろ手に振り回しつつ、逃げてきた。

雷神たちはなおも追ってきた。

イザナキは黄泉比良坂《よもつひらさか》の坂のふもとに至った時に、その坂のふもとにある桃の実を三個取って、迎え撃つと、雷神たちはみな坂を逃げ帰っていった。

そこでイザナキノミコトは、桃の実におっしゃることに、

「お前は、私を助けたように、葦原中国(あしはらのなかつくに…地上世界)に住む、すべての生ある人々が、苦しい場面に陥って悩んている時は、助けよ」とおっしゃって、この桃に名前を賜って意富加牟豆美命《おほかむづみのみこと》と名付けた。

……

とここで、

地上世界である葦原中国(あしはらのなかつくに)の名称がはじめて出てきます。そして葦原中国には「うつしき青人草」…人間が住んでいることが示されます。

しかし人間がどのようにして作られたかは、一切説明されないまま、いつの間にかそこにいましたよって感じになってます。人間の創造についてまったく描かないのは、世界の神話にも珍しい例です。

桃がイザナキを助けたことから、桃は邪気払いの力があるとされ、後には桃太郎の昔話にもつながっていきます。

続きです。黄泉つ醜女も、雷神や黄泉の国の軍隊も、イザナキの追跡に失敗しました。そこでついにイザナミ自身が黄泉比良坂《よもつひらさか》まで追いかけてきます。
↓↓↓↓

最《もと》も後《のち》に、其妹《そのいも》伊耶那美命《いざなみのみこと》、身自《みづ》ら追ひ来つ。爾《しか》くして、千引石《ちびきのいわ》を引きて其《そ》の黄泉比良坂《よもつひらさか》を塞ぎ、其《そ》の石《いわ》を中に置き、各《おのおの》対《む》き立ち、事戸《ことど》を度《わた》す時に、伊耶那美命《いざなみのみこと》の言はく、

「愛《うるは》しき我《あ》がなせの命《みこと》、如此《かく》せば、汝が国の人草を、一日《ひとひ》に千頭《ちかしら》絞《くび》り殺さむ」

爾《しか》くして、伊邪那岐命《いざなきのみこと》詔《のりたま》ひしく、

「愛《うつくし》き我がなに妹《も》の命《みこと》、汝然《しか》せば、吾《われ》一日《ひとひ》に千五百《ちいほ》の産屋を立てむ」

是《ここ》を以《もち》て、一日《ひとひ》に必ず千人《ちたり》死に、一日《ひとひ》に必ず千五百人《ちいほたり》生まるるぞ。故《かれ》、其《そ》の伊耶那美命《いざなみのみこと》を号《なづ》けて黄泉津大神《よもつおおかみ》と謂ふ。

亦《また》伝《い》はく、其《そ》の追ひしきしを以《もち》て、道敷大神《ちしきのおおかみ》と号《なづ》く。亦《また》、其の黄泉坂《よもつさか》を塞《ふさ》げる石《いわ》は、道反之大神《ちがへしのおおかみ》と号《なづ》く。

亦《また》、塞がり坐《ま》す黄泉戸大神《よもつとのおおかみ》と謂ふ。故《かれ》、其の所謂《いわゆ》る黄泉《よもつ》ひら坂は、今、出雲国《いずものくに》の伊賦夜坂《いふやさか》と謂ふ。

最後に、イザナキの妻・イザナミノミコトが、自ら追ってきた。そこでイザナキは千引の石(ちびきのいわ。千人が引っ張っても動かないような頑丈な岩)をその黄泉つ比良坂に引き塞ぎ、その岩を間に置いて、互いに向き合った時、イザナキは「お前を離縁する」と宣言した。

イザナミノミコトが言うことに、

「愛しいわが夫である命《みこと》、あなたがこんなふうにするなら、あなたの国の人間を、一日に千人絞《くび》り殺しましょう」

そこでイザナキノミコトのおっしゃることに、

「愛しいわが妻である命《みこと》、お前がそんなふうにするなら、わしは一日に千五百の産屋を建てよう《=千五百人生もう》」

これによって、一日に必ず千人死に、一日に必ず千五百人生まれるのである。

さて、そのイザナミノカミの命《みこと》を名付けて黄泉津大神《よもつおおかみ》という。また言うことに、その追いかけてきたことによって、道敷大神《ちしきのおほかみ》と名付けるともいう。

また、その黄泉の国の坂を塞いだ岩は、黄泉戸大神《よもつとのおほかみ》と謂ふ。なお、ここに述べた黄泉つひら坂は、今、出雲国の伊賦夜坂《いふやさか》という。

このように、黄泉つひら坂で、千引の岩で道をふさぎ、岩をはさんで夫婦ギャアギャアいいあった。お前を離縁する。ああそうですか。だったらあなたの国の人間を一日に千人殺します。おうおう勝手にするがええ。だったらワシは一日に1500人生むまでじゃ。こうして、人間界では一日に千人死に、千五百人生まれることになったのであると。

人の生き死にがイザナキ・イザナミの夫婦喧嘩によって決められてしまったと…ひどい話ではあります。

明日は『古事記』第五回「みそぎ」です。お楽しみに。

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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうこざいました。

朗読・解説:左大臣光永
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