古事記(十六)大国主神の国造り

こんにちは。左大臣光永です。

糺の森で手作り民芸品のフリーマーケットをやっていたので、ぶら~っと歩いてきました。まあ私は民芸品なんてまず買わないんですが、フリーマーケットの賑やかな雰囲気が好きなんですよ。何百店舗も店が出ていて、正直、一軒一軒の売上なんてたかが知れてると思いますが…売上とかそういう話ではなく、客も、店側も、のんびりした時の流れを楽しんでる感じなのが好感持てます。冬木立と、カラスの鳴き声も、いい雰囲気を醸し出してました。

本日は、『古事記』の第十六回「大国主神の国造り」です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/Kojiki016.mp3

スサノオの試練を乗り越えて地上世界の王となった大国主命が国造りを始める。そこに協力者があらわれる。はじめスクナビコナノカミが、次にオオトシノカミが国造りに協力してくれる…という話です。

故《かれ》、大国主神《おほくにぬしのかみ》、出雲の御大《みお》の御前《みさき》に坐《いま》す時。浪の穂より、天《あめ》の羅摩《かがみ》の船に乗りて、鵝《かり》の皮を内剥《うつは》ぎに剥ぎて、衣服として、帰《よ》り来る神あり。爾《しか》くして其の名を問へども、答えず。且《また》、従へる諸《もろもろ》の神に問へども、皆、知らずと白《もー》しき。

爾《しか》くして、たにぐくが白《もー》して言はく、「此《これ》は、久延毘古《くえびこ》、必ず之を知りたらん」

即ち久延毘古を召して問ひし時、答へて白《もー》ししく、

「此は、神産巣日神《かむむすひのかみ》の御子《みこ》、少名毘古那神《すくなびこなのかみ》ぞ」

故《かれ》爾《しか》くして、神産巣日御祖命《かむむすひのみおやのみこと》に白《もー》し上げしかば、答へて告《の》らししく、

「此は、実の我が子ぞ。子の中に、我が手俣よりくきし子ぞ。故《かれ》、汝《なむち》葦原色許男命《あしはらしこをのみこと》と兄弟《はらから》と為《な》りて、其の国を作り堅めむ」

故《かれ》爾《それ》より、大穴牟遅と少奈毘古那と二柱《ふたはしら》の神、相並びて此の国を作り堅めき。然《しか》くして後は、其の少名毘古那神《すくなびこなのかみ》は、常世《とこよ》の国に度《わた》りき。

故《かれ》、其の少那毘古那神《すくなびこなのかみ》を顕《あらは》し白《もー》しし所謂《いはゆ》る久延毘古《くえびこ》は、今には山田のそほどぞ。此の神は足は行かずと雖《いえど》も、尽《ことごと》く天《あめ》の下の事を知れる神ぞ。

さて、大国主神は、出雲の御大《みほ》の岬にいらっしゃる時に、波頭から、カガイモの船に乗って、鵝《かり》の皮を丸剥ぎにして、衣として、寄せくる神がある。

そこで、その名を質問したが、答えない。また、従っている諸々の神に質問したけども、皆、「知りません」と申し上げた。そこでヒキガエルが申し上げて言うことに、

「これは、クエビコが、必ず知っているでしょう」

そこでクエビコを召して質問した時、答えて申し上げた。

「これは、神産巣日神《かむむすひのかみ》の御子《みこ》、少名毘古那神《すくなびこなのかみ》ですぞ」

それで、カムムスヒノカミに申し上げて、スクナビコナノカミをお連れしたところ、カムムスヒノカミが答えておっしゃることに、

「これは、本当に我が子だ。子の中に、私の指の間からくぐり落ちた子だ。そこで、この子スクナビコナは、汝アシハラシコヲノミコト(=大国主神)と兄弟となって、その国を作り固めるであろう」

そこで、それ以後、オオアナムヂとスクナビコナとニ柱の神は、一緒にこの国を作り固めた。その後は、そのスクナビコナノカミは、常世《とこよ》の国に渡った。

さて、そのスクナビコナノカミの正体を明らかにした前に述べたクエビコは、今でいう山の田のカカシだ。

この神は、足で歩くことはできないが、ことごとく世の中のことを知っている神である。

■御大《みほ》の岬 島根半島東端の美保関町の岬。 ■波の穂 波頭。 ■天《あめ》の羅摩《かがみ》 カガイモ。多年生のつる草。 ■鵝《かり》 雁。「蛾」の誤りであろうとした本居宣長の説も。 ■内剥《うつは》ぎ 丸剥ぎ。 ■たにぐく ヒキガエル。 ■久延毘古 カカシの神格化。智慧の神。 ■少那毘古那神《すくなびこなのかみ》 「少」はこの神の体が小さいことを示す。 ■常世《とこよ》の国 海の彼方にあると考えられる永遠の世界。 ■そほ 「そほ降る」などと同根。案山子が雨に濡れているさま。

是《ここ》に、大国主神《おほくにぬしのかみ》、愁へて告《の》らししく、

「吾独りにて何《いか》にか能く此国《このくに》を作り得む。孰《いづ》れの神か吾《あれ》と能《よ》く此国《このくに》を相作らむ」

是の時、海を光《てら》して依《よ》り来る神有り。其の神の言ひしく、

「能《よ》く我《あ》が前を治めば、吾《あれ》、能《よ》く共与《とも》に相作り成さむ。若《も》し然らずは、国、成ること難し」

爾《しか》くして、大国主神《おほくにぬしのかみ》の曰《い》ひしく、

「然《しか》らば、治め奉《まつ》る状《かたち》は奈何《いか》に」

答えて言ひしく、

「吾《あれ》を、倭《やまと》の青垣《あおかき》の東《ひむかし》の山の上にいつき奉《まつ》れ」

此《これ》は、御諸山《みもろのやま》の上に坐《いま》す神ぞ。

そこで、大国主神は嘆いておっしゃった。

「私独りでどうやってよくこの国を治められよう。いずれの神か、私とよくこの国を作ってくれないか」

この時に、海を照らして寄せ来る神があった。その神の言うことに、

「よく私を祀れば、私は、よく一緒に国を作り完成させよう。もし私を祀らないなら、国が完成することは難しい」

そこで大国主神が言うことに、

「では、どんなふうに祀りましょう」

答えて言うことに、

「私を、倭の青々とした垣根のめぐるような東の山に祀れ」

これは御諸山《みもろのやま》の上にいます神である。

■我が前 神の自分自身に対する尊敬表現。 ■御諸山 =御室山。神のまします山という意味の一般名詞。ここでは奈良県桜井市の三輪山のこと。

-----------

大国主神の国造りの協力者としてまずスクナビコナノカミが、あらわれます。「少」という名前から、父カムムスヒの指の間から抜け落ちたという表現からも、この神の体がとても小さいことがうかがえます。

そしてスクナビコナは農業・生産を象徴する神です。カカシや、ガマによってその正体を知っていたということからも、海の向こうから来て海の向こうに帰っていったということからも、スクナビコナの農業神としての性質がうかがえます。

つまり大国主神の国造りの基礎は何よりまず農業にあったと。一生懸命、土地を耕し、穀物を育てた。スクナビコナの協力があったというのは、そういった農業による国造りを、神話的に表現したものと思われます。

スクナビコナの次に協力者としてあらわれる大年神(オオトシノカミ)も、農業に関係の深い神です。奈良県桜井市三輪山に祀られる大年神は、水の神・蛇の神・酒の神などさまざまな性質を持っていますが、いづれも農業・生産に深く関係したことです。

ちなみにこのオオトシノカミは『古事記』中盤の崇神天皇篇にふたたび登場します。

発売中です

語り継ぐ日本神話
http://sirdaizine.com/CD/myth.html

日本神話をわかりやすい現代の言葉で語った音声つきCD-ROMです。

神代篇・人代篇あわせて
『古事記』のほぼ全編を、現代の言葉でわかりやすく語っています。

詳しくはリンク先まで。
http://sirdaizine.com/CD/myth.html

本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうこざいました。

解説:左大臣光永
>