古事記(十四)ヌナカワヒメへの求婚

こんにちは。左大臣光永です。

寺町通の天丼屋で昼飯食べてきました。目の前で、見事な手さばきでサッ、サッと具を揚げてくれるのです。無駄のない動きに、ほれぼれしました。私は飲食店ではすぐに本を出して読み出すことが多いんですが、目の前でプロの手さばきが見れるのは、見ないとソンって思います。

本日は、『古事記』の第十四回「ヌナカワヒメへの求婚」です。

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大国主神が、北陸のヌナカワヒメに求婚する。ヌナカワヒメはいったん拒むが、結局大国主を受け入れる。正妻のスセリビメは僻む。あれこれあって、大国主神とスセリビメは酒を酌み交わす…という内容です。

此《こ》の八千矛神《やちほこのかみ》、高志国《こしのくに》の沼河比売《ぬなかわひめ》に婚《あ》はむとして幸行《いでま》しし時に、其の沼河比売《ぬなかわひめ》の家に到りて、歌ひて白《い》はく、

八千矛《やちほこ》の 神の命《みこと》は 八島国《やしまくに》 妻娶《ま》きかねて 遠々《とほとほ》し 高志の国に 賢《さか》し女《め》を有りと聞かして 麗《くは》し女《め》を 有りと聞こして さ呼ばひに 有り立たし 呼ばひに 有り通はせ 大刀《たち》が緒も 未だ解かずて襲衣《おすひ》をも 未だ解かねば 嬢子《をとめ》の 寝《な》すや板戸を 押そぶらひ 我が立たせれば 青山に 鵺は鳴きぬ さ野《の》つ鳥 雉《きざし》は響《とよ》む 庭つ鳥 鶏《かけ》は鳴く 心痛《うれた》くも 鳴くなる鳥か 此《こ》の鳥も 打ち止《や》めこせね いしたふや 天馳使《あまぜづかひ》 事の 語り事も 此《こ》をば

この八千矛神《やちほこのかみ》=大国主神は、高志国《こしのくに》の沼河比売《ぬなかわひめ》に求婚しようとして出かけられた時に、その沼河比売の家に到って、歌って言うことに、

八千矛の神である私大国主命は、国中で、理想的な妻をめとることができないで、はるかに遠い高志の国に賢い女があると聞いて、美しい女があると聞いて、求婚するためにしきりに出かけて、求婚するために、しきりに通って、太刀の緒も未だ解かず、頭からかぶる布もいまだ脱がずに、乙女の寝ている板戸を押しゆさぶって、私が戸口に立っていると、青々とした山に、鵺(トラツグミ)が鳴いた。野の鳥である雉はきたたましく鳴き、庭の鳥である鶏は鳴く。いまいましくも鳴く鳥だなあ。この鳥を打ち殺して鳴くのをやめさせてくれないか。天の使の鳥よ。これをば、物語の語り事として、あなたにお伝えします。

■八千矛神《やちほこのかみ》 大国主神の別名。もともとは別の神の話だったのが、大国主神の話として古事記に組み込まれたもの。八千の矛は武力に長けた武神の性質をしめす。 ■高志国《こしのくに》 越国=北陸地方。 ■沼河比売 越後国の女神。新潟県糸魚川市にヌナカワヒメを祀る奴奈川神社がある。 ■八島国 日本国。 ■妻娶《ま》きかねて 「娶く」「枕く」は枕を共にする。妻を娶る。 ■さ呼ばひに よばふは求婚すること。 ■有り立たし しきりにお出かけになる。 ■襲衣《おすひ》 頭からかぶる布。 ■押そぶらひ 押しゆさぶって。 ■鵺 トラツグミ。深夜から早朝にかけて鳴く。 ■さ野《の》つ鳥 野の鳥。「さ」は接頭語。  ■響《とよ》む けたたましく鳴く。 ■心痛《うれた》くも いまいましくも。 ■打ち止《や》めこせね 打ちすえて、打ち殺して、鳴くのをやめさせてくれ。 ■いしたふや 語義不明。 ■天馳使《あまぜづかひ》 空を飛ぶ使い。鳥のこと。 ■事の 語り事も 此《こ》をば これをば、物語の語り事として、お伝えします。

爾《しか》くして、其《そ》の沼河日売《ぬなかわひめ》、未だ戸を開かずして、内より歌ひて曰はく、

八千矛《やちほこ》の 神の命《みこと》 女《め》にしあれば 我が心 浦渚《うらす》の鳥ぞ 今こそは 我鳥《わどり》にあらめ 後は汝鳥《などり》にあらむを 命《いのち》は な殺《し》せたまひそ いしたふや 天馳使《あまはぜづかひ》 事の語り言《ごと》も 此《こ》をば 青山に 日が隠《かく》らば ぬばたまの 夜《よ》は出《い》でなむ 朝日の 笑《ゑ》み栄え来て 栲綱《たくづの》の 白き腕《ただむき》 沫雪《あわゆき》の 若やる胸を そ叩《だた》き 叩き愛《まな》がり 真玉手《またまで》 玉手《たまで》差し枕《ま》き 股長《ももなが》に 寝《い》は寝《な》さむを あやに な恋ひ聞こし 八千矛《やちほこ》の 神の命《みこと》 事の 語り言《ごと》も 此《こ》をば

故《かれ》、其の夜《よ》は合はずして、明くる日の夜、御合《ああひ》しき。

そこで、そのヌナカワヒメが、いまだ戸を開けずに、家の中から歌って言うことに、

八千矛の神の命よ、私は女ですから、我が心は海辺の鳥のように夫を慕うのです。今今こそ私は自分の意のままにふるまっていますが、後にはあなたのものになりましょう。だから生き物を殺さないでください。いまいましい天の使いの鳥よ。これをば、物語の語り事として、お伝えします。

青々した山に日が隠れて夜になったら、私は外に出て、あなたをお迎えしましょう。あなたが朝日ような微笑みを浮かべておいでになり、私の白い腕や、淡雪のような若々しい胸を優しく撫でて、愛おしんで、玉のような美しい手で手枕をして、脚を伸ばして、あなたはお休みになれましょう。(だから今は)そう無闇に私を恋焦がれますな。八千矛の神の命よ。これをば、物語の語り事として、お伝えします。

そこで、その夜は会わないで、次の日の夜。会った。

■浦渚《うらす》の鳥 海岸にいる千鳥や鶴のように、常に夫を恋したい求めている。 ■我鳥《わどり》 自分の意のままにふるまっている様子。 ■栲綱《たくづの》 「白き」にかかる枕詞。「コウゾの樹皮で作った綱のように真っ白い」の原意。 ■そ叩《だた》き そっと叩いて。愛撫する。 ■真玉手《またまで》 玉のように美しい手。 ■股長《ももなが》に 脚を長く伸ばして。 ■寝《い》は寝《な》さむを お休みになる。 ■あやに な恋ひ聞こし そう無闇に恋い慕いますな。 ■ 

又《また》、其の神の適后《おほきさき》須勢理毘売命《すせりびめのみこと》、甚だ嫉妬《うはなりねたみ》しき。故《かれ》、其の日子遅《ひこぢ》の神、わびて、出雲より倭国《やまとのくに》に上《のぼ》り坐《ま》さむとして、束装《よそ》ひ立ちし時に、片つ御手《みて》は御馬《みうま》の鞍《くら》に繋《か》け、片つ御足《みあし》は其の御鐙《みあぶみ》に踏み入れて、歌ひて曰《い》はく、

また、その神の正妻であるスセリビメノミコトは、たいへん嫉妬深かった。そこで、その夫大国主神は、当惑して、出雲から大和へ上ろうとされて、身支度をして出発する時に、片手は馬の鞍にかけ、片脚は馬の鐙に踏み入れて、歌って言うことに、

■嫉妬《うはなりねたみ》 「嫉」は新しい妻。正妻が側室を妬む。 ■日子遅《ひこぢ》の神 大国主神。「ヒコ」も「ヂ」も男に対する敬称。

ぬばたまの 黒き御衣《みけし》を ま具《つぶ》さに 取り装《よそ》ひ 沖つ鳥 胸《むな》見る時 はたたぎも 是は適《ふさ》はず 辺《へ》つ波 そに脱き棄《う》て 鴗鳥《そにどり》の 青き御衣《みけし》を ま具《つぶ》さに 取り装《よそ》ひ 沖つ鳥 胸《むな》見る時 はたたぎも 是《こ》も適《ふさ》はず 辺《へ》つ波 そに脱き棄《う》て 山方《やまがた》に蒔きし 茜舂《あかねつ》き 染め木が汁に 染め衣を ま具《つぶ》さに 取り装《よそ》ひ 沖つ鳥 胸見る時 はたたぎも 是《こ》し宣《よろ》し 愛子《いとこ》やの 妹《いも》の命《みこと》 群鳥《むらとり》の 我が群れ去《い》なば 引け鳥の 我が引け去《い》なば 泣かじとは 汝《な》は言ふとも やまとの一本薄《ひともとすすき》 項傾《うなかぶ》し 汝《な》が泣かさまく 朝雨《あさあめ》の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命《みこと》 事の 語り言《ごと》も 此《こ》をば

黒い衣を丁寧に着て、鴨のように胸元を見て、鴨がはばたくように腕を上下させてみたが、これは似合わない。岸に寄せる波がすっと引いていくように、私は衣を後ろに脱ぎ捨てて、

かわせみのような青い衣を丁寧に着て、鴨のように胸元を見て、鴨がはばたくように腕を上下させてみたが、これは似合わない。岸に寄せる波がすっと引いていくように、私は衣を後ろに脱ぎ捨てて、

山の畑に巻いた染め草の汁で染めた衣を丁寧に着て、鴨のように胸元を見て、鴨がはばたくように腕を上下させてみると、これはいい。

愛しい妻の命よ。鳥の群を引っ張っていくように、私が大勢を率いて行ってしまったら、または引かれていく鳥のように私が引っ張られて行ってしまったら、貴女は泣かないと言うが、山のふもとの一本の薄のように、うなだれて、貴女は泣くだろう。朝の雨が霧となって立つように、悲しみにあふれるだろう。妻の命よ。これをば、物語の語り事として。

■ま具《つぶ》さに 丁寧に。 ■沖つ鳥 胸《むな》見る時 沖の水鳥(鴨)のように胸元を見ると。 ■はたたぎも 鳥が羽ばたくように袖を上下してみる。 ■辺《へ》つ波 岸に寄せる波。 ■脱き棄《う》て 脱ぎ捨てて。 ■鴗鳥《そにどり》 かわせみ。 ■茜舂《あかねつ》き 語義不詳。 ■染め木が汁に 染め衣を 染草の汁で染めた衣。 ■群鳥《むらとり》の 我が群れ去《い》なば たくさんの鳥がいっせいに飛び立つように、私が大勢を率いて行ってしまえば。 ■引け鳥 引かれていく鳥。 ■やまとの一本薄《ひともとすすき》 山のふもとに立つ一本の薄。 ■項傾《うなかぶ》し うなだれて。 ■汝《な》が泣かさまく あなたは泣くことだろう。 ■若草の 「妻」にかかる枕詞。

爾《しか》くして其の后《きさき》、大御酒杯《おおみさかづき》を取て、立ち依りて指し挙げて歌いて曰く、

八千矛《やちほこ》の 神の命《みこと》や 我《あ》が大国主《おほくにぬし》 汝《な》こそは 男《を》にいませば 打ち廻《み》る 島の崎々《さきざき》 掻き廻《み》る 磯の崎落ちず 若草の妻持たせらめ 我《あ》はもよ 女《め》にしあれば 汝《な》を除《き》て 夫《を》は無し 汝《な》を除《き》て 夫《つま》は無し 綾垣《あやかき》の ふはやが下に 蚕衾《むしぶすま》 和《にこ》やが下に 栲衾《たくぶすま》 騒《さや》ぐが下に 沫雪《あわゆき》の 若やる胸を 栲綱《たくづの》の 白き腕《ただむき》 そ叩《だた》き 叩き愛《まな》がり 真玉手《またまで》 玉手差し枕《ま》き 股長《ももなが》に 寝《い》をし寝《な》せ 豊御酒《とよみき》 奉《たてまつ》らせ

如此《かく》歌ひて、即ちうつゆひを為《し》て、うながけりて、今に至るまで鎮まり坐《ま》す。此を神語《かむがたり》と謂ふ。

そこでその后スセリビメは盃を取って、夫のそばに寄り添って、差し上げて歌って言うことに、

八千矛の神の命よ。わが夫大国主よ。あなたは男でいらっしゃるから、廻る島の崎々に、廻る磯の先々に残す所なく、それぞれ妻を持ってらっしゃるのでしょう。でも私は女ですから、あなた以外に夫はありません。あなた以外に夫はないのです。

綾織の絹の帳のふわふわしている下に、苧麻(からむし)の繊維で編んだ掛け布団の柔らかな下に、コウゾの繊維で編んだ掛け布団がざわざわ鳴る下に、私の淡雪のような若々しい胸を、白い腕を、優しく撫でて愛でて、玉のような手で手枕をして、脚を伸ばして、お休みください。お神酒を召し上がれ。

このように歌って、すぐに盃を交わして契を結び、お互いの首に手をかけて、今に至るまでお鎮まりになった。これを神語歌(かむがたりうた)という。

■打ち廻《み》る 廻る。「打ち」は接頭語。 ■掻き廻《み》る 廻る。「掻き」は接頭語。 ■磯の崎落ちず 磯の崎は残す所なく全部。 ■綾垣《あやかき》 綾織の絹の帳。 ■ふはやが下に ふわふわしている下に。 ■蚕衾 苧麻(からむし)の繊維で編んだ掛け布団。 ■和《にこ》やが下に 柔らかな下に。 ■栲衾 コウゾの繊維で編んだ掛け布団。 ■騒《さや》ぐが下に ざわざわ鳴る下で。 ■栲綱《たくづの》の コウゾの繊維で編んだ綱。「白き」にかかる枕詞。 ■豊御酒《とよみき》 奉《たてまつ》らせ 神酒を召し上がってください。 ■うつゆひ 酒を酌み交わして契ること。 ■うながけりて 互いに首に手をかけあって。 ■神語 かむがたり。神語歌。神のことを歌った歌。

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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうこざいました。

朗読・解説:左大臣光永
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解説:左大臣光永
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