古事記(二十)国譲り

こんにちは。左大臣光永です。

学生の頃、「落語観覧」のバイトをしたんですよ。会場に行ってみたら、落語家の位置に的が立ててあって、「この位置を見て笑ってください」と言われて、ひたすら何回も笑うバイトでした。。後から落語家の映像と組み合わせて、いかにも大ウケしてる場面にするというわけです。テレビってくだらないなと、あの時、心底思いました。

さて本日は、『古事記』の第二十回
「国譲り」です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

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大国主神が高天原に降参して、国を譲るという場面です。出雲大社の由緒話にもなっています。

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故《かれ》、更に且《また》還り来たりて、其の大国主神《おほくにぬしのかみ》に問ひしく、

「汝《なむち》が子等《こら》、事代主神《ことしろぬしのかみ》・建御名方神《たけみなかたのかみ》二はしらの神は、天《あま》つ神御子《みこ》の命《みこと》の随《まにま》に違《たが》ふこと勿《な》けむと白《もー》し訖《をは》りぬ。故《かれ》、汝《なむち》が心、奈何《いか》に」

そこで、建御雷神(たけみかづちのかみ)は更にまた還ってきて、その大国主神(おほくにぬしのかみ)に質問して、

「お前の子供たち、事代主神(ことしろぬしのかみ)・建御名方神(たけみなかたのかみ)の二柱の神は、天つ神御子の命ずるままに背くことはしませんと申し終わったぞ。そこで、お前の心はどうだ」

爾《しか》くして、答へて白《もー》ししく、

「僕《やつかれ》が子等《こども》二はしらの神の白《もー》す随《まにま》に、僕《やつかれ》は、違《たが》はず。此《こ》の葦原中国《あしはらのなかつくに》は命《みこと》の随《まにま》に既に献《たてまつ》らむ。唯《ただ》に僕《やつかれ》が住所《すみか》は、天《あま》つ神御子《みこ》の天《あま》つ日継《ひつぎ》知らすとだる天《あめ》の御巣《みす》の如くして、底津石根《そこついわね》に宮柱ふとしり、高天原《たかまがはら》に氷木たかしりて、治め賜はば、僕《やつかれ》は、百足《ももた》らず八十くま手に隠りて侍らむ。亦《また》、僕が子等百八十《ももやそ》の神は、即ち八重事代主神《やえことしろぬしのかみ》、神の御尾前《みをさき》として仕へ奉《まつ》らば、違《たが》ふ神は非《あら》じ」

そこで、大国主神が答えて申すことに、

「私の子供二柱の神が申すままに、私は背きません。この葦原中国は、仰せのままにすっかり差し上げましょう。ただし私の住まいだけは、天つ神御子が日の御子として正当な後継者であることを示すに十分足りる、天の宮殿のように、しっかりした土台の上に宮柱を太く立て、高天原に千木を高くそびえさせて祭ってくだされば、私は多くの道の曲がり角を曲がって行った先であるこの出雲に隠れていましょう。また、私の子供たちである多くの神々は、八重事代主神が先頭に立ち、また最後尾に立って、天つ神御子にお仕えいたしますので、背く神はないでしょう」

■既に すっかり。 ■天津日継 天つ神の血統を正当に引き継いでいること。 ■とだる 「十」+「足る」で十分に満ち足りていること。 ■天の御巣 「巣」は住居。 ■底津石根に しっかりした土台の上に宮殿を建てる時の慣用表現。 ■宮柱ふとしり 宮柱を太く立て。 ■氷木 神社の大棟の両端に載せたX字状の柱。 ■たかしりて 高くそびえさせて。 ■治め賜はば ここで「治め」は祭ること。 ■百足《ももた》らず八十くま手 百足らずは「八十」にかかる枕詞。多くの道の曲がり角を曲がって行った先。出雲が高天原から見て僻地であることを指す。 ■御尾前 神々の先頭に立ち、また最後尾に立ち。

如此《かく》白《もー》して、出雲国《いずものくに》の多芸志《たぎし》の小浜《をはま》に、天《あめ》の御舎《みあらか》を造りて、水戸神《みなとのかみ》の孫《うまご》櫛八玉神《くしやたまのかみ》を膳夫《かしはて》と為《し》て、天《あめ》の御饗《みあへ》を献《たてまつ》りし時に、祷《ほ》き白《もー》して、櫛八玉神《くしやたまのかみ》、鵜《う》と化《な》り、海の底に入《い》り、底のはにを咋《く》ひ出《い》だし、天《あめ》の八十《やそ》びらかを作りて、海布《め》の柄《から》を鎌《か》りて、燧臼《ひきりうす》を作り、海蓴《こも》の柄《から》を以《も》ちて燧杵《ひきりきね》を作りて、火を鑽《き》り出《い》だして云はく、

とこのように申して、出雲国の多芸志(たぎし)の小浜に、天つ神のための殿舎を建てて、川口の神の孫である櫛八玉神(くしやたまのかみ)を調理人として、天つ神にふるまうご馳走を差し上げた時に、大国主神は祝福の言葉を述べて、櫛八玉神は、鵜となって、海の底に入り、海底の粘土を咥え出してきて、その粘土でたくさんの平らな容器を作り、海藻の茎を刈り取って、火を起こすための臼を作り、また別の海藻の茎で火を起こすための杵を作って、火を起こして言うことに、

■多芸志の小浜 在所不明。 ■天の御舎 天つ神のための殿舎。 ■水戸神 河口・川口の神。 ■櫛八玉神 「櫛」は「奇し」で驚くべき感じ。「八」は多数。「玉」は真珠。 ■膳手 調理人。 ■天の御饗 天つ神にふるまうご馳走。 ■祷《ほ》き白《もー》して 祝福の言葉を唱え。 ■はに 粘土。 ■天の八十びらか たくさんの平たい容器。 ■海布の柄 「海布」はワカメなどの海藻。「柄」は茎。 ■燧臼 火を起こすために使う板。この板にあいた穴に棒をつっこんでごりごりやって火を起こす。 ■海蓴《こも》 海藻の名。 ■燧杵《ひきりきね》 火を起こすための杵。

是《こ》の、我《あ》が燧《き》れる火は、高天原《たかまがはら》には、神産巣日御祖命《かむむすひのみおやのみこと》の、とだる天《あめ》の新巣《にひす》の凝烟《すす》の、八拳《やつか》垂るまで焼き挙げ、地《つち》の下は、底津石根《そこついわね》に焼《た》き凝らして、栲縄《たくなわ》の千尋《ちひろ》縄打ち延《は》へ、釣為《す》る海人《あま》が、口大《くちおほ》の尾翼鱸《をはたすずき》、さわさわに控《ひ》き依《よ》せ騰《あ》げて、打竹《うちたけ》のとををとををに、天《あめ》の真魚咋《まなぐひ》を献《たてまつ》る。

故《かれ》、建御雷神《たけみかづちのかみ》、返り参ゐ上《のぼ》り、葦原中国《あしはらのなかつくに》を言向《ことむ》け和《やは》し平らげつる状《かたち》を復《かへりごと》奏《もー》しき。

「この、私が起こした火は、高天原には、神産巣日御祖命《かむむすひのみおやのみこと》の、十分に満ち足りた新しい住居に、煤が長く垂れるまで焼き上げ、地の下には、どっしりした土台の下まで焼き固めて、コウゾの木の繊維で編んだ縄で、千尋もあるくらい長い縄を張り伸ばし、釣をする漁師が、口の大きい尾ひれのぴんと立った立派な鱸を、ざばざばと波音を立てて大漁に寄せ上げて、食膳もたわむほどに、天つ神のために料理した魚料理を献ります」

そこで、建御雷神(たけみかづちのかみ)は、高天原に返り参り上り、葦原中国を平定したことを報告した。

■新巣 新しい住居。新しい住居には煤が無いが、その新しい住居に煤が垂れるほど念入りに炊き上げる意味。 ■八拳 長さが長いことをあらわす。 ■焼《た》き凝らして 焼き固めて。 ■栲縄《たくなわ》の千尋《ちひろ》縄 「栲縄」はコウゾの木の繊維で編んだ縄。「千尋縄」は千尋もある長い縄。 ■打ち延《は》へ 張り伸ばし。 ■尾翼鱸《をはたすずき》 尾ひれがぴんと張った立派な鱸。 ■さわさわに たくさんの鱸が波音をざわざわと立てて引き上げられているさま。 ■打竹の 「とををとををに」にかかる枕詞。語義不明。 ■とををををに 食膳がたわむほど料理が大量であることを指す。 ■天《あめ》の真魚咋《まなぐひ》 天つ神のために料理した魚料理。

……
大国主神が葦原中国に降伏し、降伏の条件として自分のための宮殿を建ててくれと。これが出雲大社の起源とされます。

魚を調理して奉るとか、口の大きな尾ひれの立派な鱸をとかいう表現に、海の近い出雲の風土が出ています。

明日は「古事記(二十一)天孫降臨」です。お楽しみに。

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京都講演のお知らせ

「京都で声を出して読む 小倉百人一首」
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小倉百人一首の歌を声を出して読み、
解説していきます。

特に、歌や作者に関係した京都周辺の名所については
詳しく解説していきますので、旅や散策のヒントにもなります。

朗読・解説:左大臣光永
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