古事記(十七)高天原よりの使者(アメノホシホミミ・アメノホヒ・アメノワカヒコ)

こんにちは。左大臣光永です。

ひな祭りの間、京都各地でいろいろとイベントやってて楽しかったです。西陣では千両が辻という町家が立ち並ぶ通りでひな祭りをやりました。何件かの町家を開放して、中で友禅染や雛人形の展示をやってました。

雛人形の飾り方が、関東雛と違うのが面白いです。関東雛は向かって左にお内裏さま(男雛)を飾るに対して京雛は向かって右にお内裏さまを飾るんです。理由は諸説あるようですが…そのうち体系的に勉強したいです。

さて本日は、『古事記』の第十七回「高天原よりの使者(アメノホシホミミ・アメノホヒ・アメノワカヒコ)」です。

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地上世界(葦原中国)がすっかり平定された頃、アマテラスオオミカミが「地上世界は私の子が支配すべき国だわ」と言い出す。そこでアマテラスオオミカミの息子・アメノオシホミミノミコトを遣わそうとするが、アメノオシホミミノミコトは途中でメンドくさくなって帰ってくる、次にアメノホヒを遣わすと、大国主になついて帰ってこない。次にアメノワカヒコを遣わすと、地上で女作って帰ってこないという話です。

天照大御神《あまてらすおおみかみ》の命《みこと》もちて、

「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国《とよあしはらの ちあきの ながいほのあきの みづほのくに》は、我《あ》が御子《みこ》、正勝吾勝々速日《まさかつあかつかちはやひ》天忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》の知らさむ国ぞ」

と言因《ことよ》し賜ひて、天降《あまくだ》しき。

是《ここ》に、天忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》、天《あめ》の浮橋に立たして、詔《のりたま》はく、

「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国《とよあしはらの ちあきの ながいほのあきの みづほのくに》は、いたくさやぎて有りなり」と、告《の》らして、更に還り上《のぼ》りて、天照大御神《あまてらすおおみかみ》に謂《もー》しき。

爾《しか》くして、高御産巣日神《たかみむすひのかみ》・天照大御神《あまてらすおおみかみ》の命《みこと》以ちて、天《あめ》の安河原《やすのがわら》に八百万《やほよろづ》の神を神集《かむつど》へ集《つど》へて、思金神《おもひかねのかみ》に思はしめて、詔《のりたま》ひしく、

「此《こ》の葦原中国《あしはらのなかつくに》は、我《あ》が御子の知らさむ国と、言依《ことよ》して賜へる国ぞ。故《かれ》、此《こ》の国に道速振《ちはやぶ》る荒振《あらぶ》る国つ神等《かみども》が多《あま》た在《あ》るを以為《おも》ふに、是《これ》、何れの神を使はして言趣《ことむ》けむ」

爾《しか》くして、思金神《おもひかねのかみ》と八百万《やほよろづ》の神、議《はか》りて白《もー》ししく、

「天菩比神《あめのほひのかみ》、是《これ》遣わすべし」

故《かれ》、天菩比神《あめのほひのかみ》を遣わせば、乃《すなは》ち大国主神《おほくにぬしのかみ》に媚び附《つ》きて、三年《みとせ》に到るまで復《かえりごと》奏《もー》さず

アマテラスオオミカミの仰せで、

「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国《とよあしはらの ちあきの ながいほのあきの みづほのくに》は、私の御子、正勝吾勝々速日《まさかつあかつかちはやひ》天忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》が統治すべき国であるぞ」

とご命令になって、天降した。

そこでアメノオシホミミノミコトは、天の浮橋《天と地の間に立つ階段orハシゴ》にお立ちになって、おっしゃることに、

「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国《とよあしはらの ちあきの ながいほのあきの みづほのくに》は、たいそう騒がしいようだ」

とおっしゃって、再び高天原に還り上って、天照大神に申し上げた。

そこで、タカミムスヒノカミ・アマテラスオオミカミの仰せで、天の安の河の河原に八百万の神を招集して、オモイカネノカミに考えさせて、おっしゃることに、

「この葦原中国は、わが御子が統治すべき国として、委任して下し与えていた国であるぞ。そして、この国には勢い激しい荒ぶる神々が多くいることを思うと、これは、いずれの神を遣わして平定させよう」

そこで、オモイカネノカミと八百万の神と、相談して言うことに、

「アメノホヒノ神、これを遣わしましょう」と申した。そこで、アメノホヒを遣わしたところ、すぐに大国主神に媚び付いて、三年にいたるまで報告してこなかった。

■豊葦原之千秋長五百秋之水穂国 葦原中国を穀物が豊かに収穫される、すばらしい土地だと祝福した表現。 ■道速振る 勢い激しく振る舞う。 ■言趣ける 「言葉を向けさせる」こと=服従の言葉をいわせることで、服従させること。ただし強引に支配するのではなく、支配される側の積極的な意思として従いますると言わせることがポイント。

是(ここ)を以(もち)て、高御産巣日神《たかみむすひのかみ》・天照大御神《あまてらすおおみかみ》、亦《また》、諸《もろもろ》の神等《かみたち》を問ひしく、

「芦原中国に遣はせる天菩比神《あめのほひのかみ》、久しく復《かへりごと》奏《もー》さず。亦《また》、何《いづ》れの神を使はさば、吉《よ》けむ」

爾《しか》くして、思金神《おもほかねのかみ》答へて白《もー》ししく、

「天津国玉神《あまつくにたまのかみ》の子、天若日子《あめわかひこ》を遣はすべし」

故《かれ》爾《しか》くして、天《あめ》まかこ弓・天《あめ》のはは矢を以《もち》て天若日子に賜ひて、遣しき。

是《ここ》に、天若日子《あめのわかひこ》、其の国に降り到りて、即《すなは》ち大国主神《おほくにぬしのかみ》の女《むすめ》、下照比売《したでるひめ》を娶《めと》り、亦《また》、其の国を獲《え》むと慮《おもひはか》りて、八年《やとせ》に至るまで復《かへりごと》奏《もー》さず。

このため、タカミムスヒノカミ・アマテラスオオミカミはまた、諸々の神達に質問して、

「葦原中国に遣わしたアメノホヒが、久しく報告してこない。また、いづれの神を遣わせばいいだろうか」

そこでオモイカネノカミが答えて申し上げた。

「天津国玉神《アマツクニタマノカミ》の子、天若日子《あめのわかひこ》を遣わすといいです」

それで、天のまかこ弓・天のはは矢を天若日子に授けて、葦原中国に遣わした。

すると、アメノワカヒコは、葦原中国に下り到って、すぐに大国主神の娘、シタデルヒメを娶り、また、葦原中国を手に入れようともくろんで、八年に至るまで、報告をよこさなかった。

■天《あめ》まかこ弓 「ま」は真。「かこ」は「輝く」などと同源。高天原に属する、まことに輝いている弓といった意味。 ■天《あめ》のはは矢 「はは」は未詳。

故《かれ》爾《しか》くして、天照大御神《あまてらすおおみかみ》・高御産巣日神《たかみむすひのかみ》、亦《また》、諸《もろもろ》の神等《かみたち》に問ひしく、

「天若日子《あめわかひこ》、久しく復《かへりごと》奏《もー》さず。又、曷《いづ》れの神を遣はして天若日子の淹《ひさ》しく留まれる所以《ゆえん》を問はむ」

是《ここ》に、諸《もろもろ》の神と思金神《おもひかねのかみ》と、答へて白《もー》さく、

「雉《きざし》、名は鳴女《なきめ》を遣はすべし」

時に、詔《のりたま》ひしく、

「汝《なむち》、行きて、天若日子に問はむ状《かたち》は、『汝《なむち》が葦原中国《あしはらのなかつくに》に使はされし所以《ゆえ》は、其の国の荒振る神等《かみども》を言趣《ことむ》け和《やは》せとぞ。何とて八年《やとせ》に至るまで復《かへりごと》を奏《もー》さずや」

故《かれ》爾《しか》くして、鳴女《なきめ》、天《あめ》より降《くだ》り到りて、天若日子《あめのわかひこ》が門《かど》の湯津楓《ゆつかづら》の上に居て、言《こと》の委曲《つばひら》けきこと、天《あま》つ神の詔《みことのり》の如し。

天佐具女《あめのさぐめ》、此《こ》の鳥の言《こと》を聞きて、天若日子《あめのわかひこ》に語りて言はく、

「此《こ》の鳥は、其の鳴く音《おと》甚《はなは》だ悪《あ》し。故《かれ》、射殺すべし」

と伝《い》ひ進むるに、即ち天若日子《あめのわかひこ》、天《あま》つ神の賜《たま》へる天《あめ》のはじ矢・天《あめ》のかく矢を持ちて、其の雉《きざし》を射殺しき。

爾《しか》くして、其の矢、雉《きざし》の胸より通りて、逆《さかし》まに射上がり、天《あめ》の安河《やすのがわ》の河原《かわら》に坐《いま》す天照大御神《あまてらすおおみかみ》・高木神《たかぎのかみ》の御所《みもと》に逮《いた》りき。

それで、アマテラスオオミカミ・タカミムスヒノカミは、また、諸々の神達に質問して、

「アメノワカヒコが久しく報告をよこさない。また、いづれの神を遣わしてアメノワカヒコが久しく葦原中国に留まっている理由を問はせようか」

そこで、諸々の神とオモイカネノカミと、答えて申し上げた。

「ナキメという名の雉を遣はしましょう」

と申し上げた時、アマテラスオオミカミ・タカミムスヒノカミがナキメに対しておっしゃることに、

「お前は葦原中国に行って、アメノワカヒコにこのように質問しなさい。『お前を葦原中国に遣わしたのは、その国の荒振る神たちを平定し手懐けるためであるぞ。なぜ八年に至るまで報告してこない』」

それで、ナキメは天から葦原中国に下り到って、アメノワカヒコの家の門の神聖な桂の木の上に留まり、天つ神の勅命どおりに、言葉を伝えた。

そこで、アメノサグメがこの鳥の言うことを聞いて、アメノワカヒコに語って言うことに、

「この鳥は、その鳴く声がたいそう悪いです。だから、射殺しましょう」

と言ってすすめると、すぐにアメノワカヒコは、天つ神が授けた天のはじ弓・天のかく矢を持って、その雉を射殺した。

すると、その矢は、雉の胸を貫通して、逆さまに射上がって、天の安の河の河原にいますアマテラスオオミカミ・タカギノカミのみもとに到った。

このタカギノカミは、タカミムスヒノカミの別名である。

■湯津楓 「湯津」は神聖な。「楓」は桂。 ■天佐具女 さぐは探る。探偵する女。 ■天のはじ弓 「はじ」はハゼの木。 ■かく矢 かくは輝く。さっきとはアイテム名が変わっている。

故《かれ》、高木神《たかぎのかみ》、其の矢を取りて見れば、血、其の矢の羽《はね》に著《つ》けり。是《ここ》に、高木神《たかぎのかみ》告《の》らさく、

「此《こ》の矢は、天若日子《あめわかひこ》に賜へる矢ぞ」

即ち諸《もろもろ》の神等《かみたち》に示して詔《のりたま》はく、

「或《も》し天若日子、命《みこと》を誤《あやま》たず、悪しき神を射むと為《す》る矢の至らば、天若日子に中《あた》るな。或《も》し邪《あ》しき心有らば、天若日子、此《こ》の矢にまがれ」

と伝《い》ひて、其の矢を取り、其の矢の穴より衝《つ》き返し下さば、天若日子が朝床《あさとこ》に寝《い》ねたる高胸坂《たかむなさか》に中《あた》りて、死にき。

[此《これ》、還矢《かへりや》の本《もと》ぞ]。

亦《また》、其の雉《きざし》、還《かへ》らず。故《かれ》、今に、諺《ことわざ》に「雉の頓使《ひたつかひ》」と曰《い》ふ本《もと》は、是《これ》ぞ。

そこでタカギノカミが、その矢を取って見れば、血がその矢の羽についている。そこで、タカギノカミがおっしゃることに、

「この矢は、アメノワカヒコに授けた矢である」

すぐに諸々の神達に見せておっしゃることに、

「もしアメノワカヒコが、命令を違えず、悪い神を射ようとした矢が飛んできたのならば、アメノワカヒコに当たるな。もし悪い心があるなら、アメノワカヒコ、この矢によって災いを受けよ」

と言って、その矢を取って、その矢の穴から衝き返し下したところ、アメノワカヒコが朝になってもまだ寝ている、その高い胸先に当って、死んだ。

これは、返り矢という言葉の本である。(神に対して矢を放つとかえって自分が射殺されるという意味?)

また、その雉ナキメは還ってこなかった。だから、今に、ことわざに、行ったきり還ってこない使者のことを「雉の頓使《ひたつかひ》」という本は、これである。

■まがれ 「まがる」は「まがまがしい」等同源。災いを受ける。 ■朝床 朝方になってもまだ寝ている、その寝床。 ■高胸坂 高い胸先。「坂」は「先」の当て字。 ■雉の頓使 行ったきり還ってこない使者のこと。

……

話をまとめます。

アマテラスオオミカミが「地上世界は私の子が支配すべき国だわ」と言い出す。そこでその子・アメノオシホミミノミコトを遣わそうとするが、アメノオシホミミノミコトは途中でメンドくさくなって帰ってくる、次にアメノホヒを遣わすと、大国主になついて帰ってこない。次にアメノワカヒコを遣わすと、地上で女作って帰ってこない。

そこでナキメを使者に遣わした所、ワカヒコはナキメを矢で射抜く。その矢が高天原まで飛んでいって、タカギノカミから射返されて、アメノワカヒコ死んじゃうという話です。

それにしても実にマイペースな使者たちですね。こんなんで神の使者が務まるのかっていう…。

高天原から芦原中国に何度も使者が遣わす課程は、大和王権による出雲支配がしだいに進んでいったことを示すと思われます。

敵を平定することを「言趣(ことむ)ける」というのは、これから何度も『古事記』に出てくる言葉です。言葉を向けさせる…すなわち、降伏の言葉をいわせるということで、平和的に平定することを指します。

といってもこれは大和王権側からの見方で、征服されるほうの出雲としては、そんな綺麗事ではなかったでしょう。実際にはかなりの戦いがあったものと思われます。

アメノワカヒコが死ぬくだりは『旧約聖書』創世記のニムロド説話が影響している、という説もあります。

神を信じないニムロドは神に向かって矢を放つとその矢が返ってきて胸を貫かれて死にました(創世記10章)。

ちなみにニムロドはノアの曾孫であり、もともとは神に選ばれた血筋であったことも、アメノワカヒコと共通しています。

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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうこざいました。

朗読・解説:左大臣光永
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