『古事記』第25回 ウガヤフキアヘズの誕生

こんにちは。左大臣光永です。

京都に移住してから、アオサギが大好きになりました。

いつまでも動かないでじーーっとたたずむ姿。羽づくろいするさま。首を縮めていたたかと思うとにゅーっとのばして遠くをうかがう姿、「辮髪」が風にヒラヒラゆれているところ。アオサギの魅力は語り尽くせないです。

中にも、京都御苑の九条池は、京都でもっともアオサギ成分が高い場所だと思います。行くと、ほぼ確実にアオサギに会えます。

最近アオサギ成分が足りてないなあと思うたびに、私は京都御苑の九条池をたずね、

アオサギの可愛さ、カッコよさ、すばらしさで全身を満たし、また明日からを生きていく糧としております。

さて本日は『古事記』の第25回「ウガヤフキアヘズの誕生」です。

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海の神の娘・豊玉毘売命《とよたまびめのみこと》が出産します。夫である火遠理命(ほおりのみこと)は「けして出産の時のぞかないでください」と釘をさされますが、その約束を守らず、のぞいてしまいます。

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是《ここ》に、海の神の女《むすめ》・豊玉毘売命《とよたまびめのみこと》、自《みづか》ら参《ま》ゐ出《い》でて白《もー》ししく、

「妾《あれ》は、已《すで》に妊身《はらみ》ぬ。今、産む時に臨みて、此《これ》を念《おも》ふ。天神《あまつかみ》の御子《みこ》、海原《うなばら》にて生むべからず。故《かれ》、参《ま》ゐ出《い》で到れり」

爾《しか》くして、即ち其の海辺《うみへ》の波限《なぎさ》にして、鵜《う》の羽《は》を以《もち》て葺草《かや》と為《し》て、産殿《うぶや》を造りき。

是《ここ》に、其の産殿《うぶや》を未だ葺《ふ》き合へぬに、御腹《みはら》の急《には》かなるに忍《た》へず。故《かれ》、産殿《うぶや》に入《い》り坐《ま》しき。

さて、海の神の娘豊玉毘女命《とよひまびめのみこと》は、自ら海の国を出て夫・火遠理命のもとに参上して言った。

「私はもう妊娠しています。今、生もうという段になって、このことを考えてみると、天つ神の御子は海原で生むべきではありません。それで、国を出て参上したのです」

そこで、すぐにその海辺の渚に、鵜の羽を編んで屋根を葺いて、産屋を造った。こうして、その産屋の屋根をまだ葺き終わらない時に、お腹が急にうずいたのに我慢できず、それで、産屋にお入りになった。

爾《しか》くして、方《まさ》に産まむとする時、其の日子《ひこ》に白《もー》して言ひしく、

「凡《およ》そ他《あた》し国の人は、産む時に臨みて、本《もと》つ国の形を以《もち》て産生《う》むぞ。故《かれ》、妾《あれ》、本《もと》の身を以《もち》て産まんと為《す》。願はくは、妾《あれ》を見るなかれ」

是《ここ》に、其の言《こと》を奇《あや》しと思ひて、窃《ひそ》かに其の方に産まむとするを伺《うかが》へば、八尋《やひろ》わに、匍匐《はらば》ひ委蛇《もごよ》ひき。

即ち見驚き畏れて、遁《に》げ退《そ》きき。

こうして、まさに産もうとする時、(豊玉毘売命《とよたまびめのみこと》は)
その日の御子(火遠理命)に申し上げた。

「いったい他の国の人は、産む時には、もとの国の姿となって産むといいます。それで、私は、今、もとの身になって産もうと思います。お願いです。私を見ないでください」

それで、(火遠理命は)その言葉を妙に思って、ひそかに豊玉毘女命がまさに産もうとしているのを覗くと、八尋の体の大きさのサメとなって、腹ばって、もだえていた。

(火遠理命は)すぐに見て驚いて恐れて、逃げ去った。

爾《しか》くして、豊玉毘売命《とよたまびめのみこと》、其の伺ひ見ることを知りて、心恥《はづか》しと以為《おも》ひて、乃《すなは》ち其の御子《みこ》を生み置きて白《もー》さく、

「妾《あれ》は、恒《つね》に海つ道《ち》を通りて、往来《かよ》はむと欲《おも》ひき。然《しか》れども、吾《あ》が形を伺《うかが》ひ見つること、是《これ》甚《いと》怍《はづか》し」

即ち海坂《うなさか》を塞ぎ、返り入《い》りき。是《ここ》を以《もち》て、其の産める御子を名づけて、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命《あまつひたかひこなぎさたけがうかやふきあへずのみこと》と謂《い》ふ。

こうして、豊玉毘売命《とよたまびめのみこと》は、火遠理命が覗き見したことを知って、恥ずかしいと思って、すぐにその御子を生んで、その場に置いて、言った。

「私はいつも海の中の道を通って通おうと思っていました。しかし、私の姿を覗かれたことは、これはとても恥ずかしい」

すぐに海坂《うなさか》を塞いで、海に入って戻ってしまった。こういうわけで、その産んだ子を名付けて、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命《あまつひたかひこなぎさたけがうかやふきあへずのみこと》という。

■海坂 地上世界と海の世界を隔てる境界。

然《しか》くして後は、其の伺へる情《こころ》を恨めども、恋しき心に忍《た》へず、其の御子《みこ》を治養《ひた》す縁《よし》に因《よ》りて、其の弟《おと》玉依毘売《たまよりびめ》に附けて、歌を献《たてまつ》る。其の歌に曰はく、

赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装《よそ》ひし 貴《とーと》くありけり

爾《しか》くして、其のひこぢ、答ふる歌に曰はく、

沖つ鳥 鴨著《かもど》く島に 我《わ》が率寝《ゐね》し 妹《いも》は忘れじ 世の悉《ことごと》に

故《かれ》、日子穂々手見命《ひこほほでみのみこと》は、高千穂《たかちほ》の宮に坐《いま》すこと、伍佰捌拾歳《いほとせあまりやそとせ》ぞ。御陵《みはか》は、即ち高千穂の山の西に在《あ》り。

こうしたことがあった後、豊玉毘売命《とよたまびめのみこと》は、火遠理命が覗き見したことを恨むけれど、恋しい心に耐えられず、その御子を養育させるという名目で、その妹玉依毘売《たまよりびめ》にことづけて、歌を献上した。その歌に言う。

赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装《よそ》ひし 貴《とーと》くありけり

赤玉は、それを通した緒さえ光るけれど、白玉のようなあなたの装いは、それよりもさらに尊くあります。

そこで、その夫火遠理命の歌に言う。

沖つ鳥 鴨著《かもど》く島に 我《わ》が率寝《ゐね》し 妹《いも》は忘れじ 世の悉《ことごと》に

沖つ鳥たる鴨が寄り付く島で、私とともに寝た、あなたのことは忘れない。世々いつまでも。

さてこの火遠理命=日子穂々手見命《ひこほほでみのみこと》は、高千穂《たかちほ》の宮にいらっしゃること、580年であった。御陵《みはか》は、すなわち高千穂の山の西にある。

是《こ》の天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命《あまつひたかひこなぎさたけがうかやふきあへずのみこと》、其の姨《をば》玉依毘売命《たまよりびめのみこと》を娶《めと》りて、生みし御子《みこ》の名は、五瀬命《いつせのみこと》。

次に、稲氷命《いなひのみこと》。次に、御毛沼命《みけぬのみこと》。次に、若御毛沼命《わかみけぬのみこと》、亦《また》の名は、豊御毛沼命《とよみけぬのみこと》、亦《また》の名は、神倭伊波礼毘古命《かむやまといわれびこのみこと》。四柱《よはしら》。

故《かれ》、御毛沼命《みけぬのみこと》は、浪の穂を跳《ふ》みて常世国《とこよのくに》に渡り坐《ま》し、稲氷命《いなひのみこと》は、妣《はは》の国と為《し》て、海原《うなはら》に入《い》り坐《ま》しき。

この天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命《あまつひたかひこなぎさたけがうかやふきあへずのみこと》が、其の叔母である玉依毘売命《たまよりびめのみこと》を娶《めと》って、生んだ御子《みこ》の名は、五瀬命《いつせのみこと》。

次に、稲氷命《いなひのみこと》。次に、御毛沼命《みけぬのみこと》。次に、若御毛沼命《わかみけぬのみこと》、亦《また》の名は、豊御毛沼命《とよみけぬのみこと》、亦《また》の名は、神倭伊波礼毘古命《かむやまといわれびこのみこと》。これら四柱《よはしら》の兄弟である。

さて、御毛沼命《みけぬのみこと》は、浪の穂を踏んで常世国《とこよのくに》にお渡りになり、稲氷命《いなひのみこと》は、母の国たる海原《うなはら》にお入りになった。

……

というわけで、

ウガヤフキアヘズのミコトがタマヨリビメと結婚して、五瀬命以下、四兄弟が生まれた。三男の御毛沼命は常世の国に行ってしまい、ニ男の稲氷命は母の国である海原に入ったと…この二人は以後、登場しません。

長男の五瀬命と、四男の神倭伊波礼毘古命《かむやまといわれびこのみこと》が残ります。この神倭伊波礼毘古命が、後の神武天皇です。

次回「古事記(二十六)神武天皇(一)」に続きます。お楽しみに。

告知

語り継ぐ日本神話 神代篇・人代篇
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「語り」による「聴く」日本神話。上巻・下巻あわせて『古事記』のほぼ全体を、現代の言葉でわかりやすく語っています。

8/24 京都で学ぶ歴史人物講座~行基と鑑真
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8/24(土)開催。奈良時代を代表する僧侶・仏教者である行基と鑑真。その生涯・エピソード・ゆかりの地など語ります。

朗読・解説:左大臣光永

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